満月鏡

日付けが変わってしまったけれど、今宵は満月。
雨の予報だった東京の空には、鏡のように美しい満月がいる。


三月の声を聞いてから、
正しくは、千年に一度の大津波が日本を襲ったあの震災から、
あたしは信じられぬほど仕事が舞い込んで、
提出を喜ぶ暇もなく、次、次、と仕事をハシゴしてる。
ほとんどの仕事が待ったを食らってる時期に、信じられないほど忙しい。


満月。


月の鏡を仰いで、今のあたし自身の気持ちを映そうとした。
とても、知りたいから。


あたしのすべてを知りたい、と、これまでになく強く思ってる。


明るくなるまでどうせ眠れないので、満月と一献傾けて、
遠く聞こえる車の音や、風に棚引く公園の大木の葉の音を聴いて。
素晴らしい映画を観たあとのように、
あたし自身のことがちょっとでもあたし自身に伝わらないものか、と夢想したりした。


確実に、三月のあの日から、あたしは変化してる。
それしか、わからない。


部屋に飾ってる亡父の写真。
最後に父に会った時にあたしが写した、父の横顔。
そして、入江泰吉が写した無箸。
父が机に置いてた童子の陶器こけし


あたしが毎日手を合わせる彼らに、教えてもらおうかな。


感謝こそすれ、守ってくれ、教えてくれ、と、願いごとは、あまりしない。
とてつもなく困った時に、今まで数回、すがったことはあるけれど。
夢で教えてください、とお願いしよう。


わからなくても歩けるけれど、わかって、歩きたい。


それと、許したいのだ。
すべてを許して、歩きたいのだ。


溜飲を下げるのじゃなく、違う形で昇華させる術を、知りたい。
あたしの気持ちがどんな色に染まってて、どんな模様のマーブルなのか、知りたい。
魂が向いてる方向がどこなのか、言葉にならずとも、せめて心で知りたい。


父の四十九日を終えて東京に帰郷する新幹線のなか。
土砂降りの雨を貫いて走る新幹線のなかで、あたしは確かに父の声を聞けた。
父ができなかった大切なコトを、あたしにやり遂げてほしい、という
切なく暖かい父の願いを、あたしは受け止められた。


満月鏡の夜陰に乗じて、そっと教えて。
きっとぜんぶお見通しなのだから。
ちっぽけなあたしの苦悩を蹴飛ばして。