雨梅




天女の月命日に行こうと思ってた墓参り。
2月の後半、ちょっと遅れて行った。
墓は早稲田にある。


やっぱり薄曇りの朝で、向かう道すがら、雨も降りだした。
あたしの雨女ぶりが、天女の墓に向かう日は、いつも発揮される。


墓のまえで手を合わすあたしに、
今も、江戸の蕎麦屋で、ぐい呑み片手に蕎麦すすって、笑ってる彼女が、
こう言ってる気がした。


 迷ったら、笑い飛ばしちゃえ。
 んで、いい酒を呑んでさ、笑ってりゃ、だいじょうぶ。


そう言ってもらいたいのか、あたしがそう思ってるのか、
天女と話したなかで残ってる言葉なのか、わからないけれど。


閉じた目の奥で彼女が笑ってて、
開いた心の深いとこで、そう囁かれたような、気がした。


帰り、ちょっとだけ歩いて早稲田大学に行った。
入学試験が一日か二日前に終わったばかりの頃だったらしい。





あの詰まらないカンニング事件、
あたしは時事に疎いので二日ほどまえに知ったのだけれど、
行ったその日は、もう発覚してたのかどうか、
わりとわさわさいろんな年代の人やらカメラやらが来てた、ような気がした。


それは、いいや。


早稲田の大隈講堂のまえには、日本庭園がある。
入れる時間は限られているけれど、学校関係者だけでなく誰でも入れる場所で、
見事に手入れされた樹木が、わりと自由な感じで据えられてる。


そのなか、庭園の端っこに、白梅が幾本か植えられてる。
今頃はかなり見頃だろうけれど、訪れた日はまだ咲きはじめで、
寒い雨の日だったから、ちょっと寂しげな梅だけど、
かわいい花と膨らんだつぼみが、春の訪れを待ってるようだった。


庭園には、十人ちょっとくらいの人が訪れてて、あたし以外は、みな男性だった。
咲いてる花が梅だけだったこともあって、みな梅のまえで、しばし時を過ごしてた。


あたしの好みかもしれないけど、梅見は男の人が、似合う。
大切な人を、優しいまなざしで見詰める男、そんな感じがする。


しっとりと雨に濡れた庭園で、傘をさしつつ、梅に魅入られる男性達は、
なぜか、とても艶っぽく、色っぽく見えた。


こんな光景、きっと天女も好みだろうな、と思ったら、
なんだか心ん中が暖かくなった気がした。