酒蔵




秋深し。
朝晩は冷えるものの、お陽さまが出てる明るい時間は、清々しい空が広がって、
おもいきり伸びを、ついついしてしまう。


秋の旨いものと言えば、あたしの場合、やはり蕎麦だけど、
気温が徐々に下がる秋深いこの時期は、お酒を呑む回数が、ちょっとばかし増えてくる。


あたしはお酒が好きである。
そんな胸を張って言うほどのことでもないけれど、お酒が好き。


お酒と言ってもいろいろある。
一番しっくりくるのは、日本酒。


ぬる燗で、ゆっくりと呑むのが、いい。
人肌ほどの酒が喉を浸してゆくと、じんわり体と心が温まってゆくのがわかる。


六七年ほどまえ、肺の病気でひと月ほど入院をして、
半日ほどかかったちょっと大きな手術をしたものだから、
退院してひと月は、香辛料や酒、カフェインを採ってはいけない、
という状態になったことがある。


この禁止令を変換すると、カレー、お酒、珈琲はダメ、となる。
ちなみに山葵や山椒もいけなかったので、
寿司も蕎麦も鰻も、食べてはいけなかったのだ。
とにかく、あたしの好物ばかりである。


その禁止令が活きてたひと月は、それはそれは辛く、
手術の跡がちょっと痛んだのだけれど、
そんな痛みよりも、好物の禁止の方が、ずっと痛かった。


毎週通った検査の五回め、ひと月を過ぎて初めての検査のあと。
先生が言った「もういいですね」の言葉がどれほど嬉しかったことか。


流石のあたしも、ひと月呑んでなかったので、ちょっとびびって、
一合だけ燗にして、おそるおそる喉を浸した。


五臓六腑に染み渡る、とは、あのこと。
お酒が喉からゆっくりと降りていく、その道筋を手でなぞれるほど、染み渡っていった。


そんな想いができるのは、やはり日本酒だけ、な気がする。


とはいえ、イタリア料理やスペイン料理には、やはりワインがいいし、
チョコレートにはブランデーがマリッジだし、
オイルサーディンやマリネには、ウォッカが合う。
いや、みんなあたしの好みだけれど。。。


旅に出て、酒蔵を見つけると、門戸を叩く。
素人を受け入れてくれる酒蔵であれば、しばし過ごさせてもらい、
酔っぱらわぬほどに、試飲させてもらうのだ。


お客のあしらいをする女性は、たいていの場合、いい女が多い。
性根が座ってて、気っぷが良くて、おべっかを言わない、爽やかなのだ。
そんな女性のいる酒蔵の酒は、その女性を酒にしたように、旨い場合が多い。


きっと、ワインや、ウイスキーを作ってる酒蔵も、
そこに居る人たちに似た酒の味がするんだろうな、と勝手に想ったりする。


想いを籠めるとき、その想いを抱いてる人そのものが美しいからこそ、
籠められたモノコトが美しく美味しくなるのだろうな、と思う。