烏
うちのベランダには、スカパーのアンテナが付けられてる。
手すりから、ぐにょっと外側に、大きなお皿のようなアンテナがついてるのである。
昨日の朝、ちょっと早起きできたので、洗濯物を気持ちよく干して、
小さい方の窓から布団をぱんぱん干してた時のこと。
ベランダの方から、固いものでアンテナを叩くような音がした。
不意に想像がつかなくて、ベランダのレースのカーテンをそおっと開けて、
網戸から外を覗くと。
スカパーのアンテナに、大きなカラスがとまってるのが見えた。
アンテナで受けた電波を受ける、げんこつくらいの機器で、
くちばしを磨いてるような感じだった。
あたしは、大きなクチバシが、嫌いである。
嫌い、というよりも、ものすごく怖いのだ。
南国にたくさんいる可愛い鳥も、クチバシが大きいと、それは、もう、だめなのである。
しかし、怖い、なんていってる場合ではない。
あのアンテナの近くには、丹誠込めてる紅白の梅の盆栽があるのだ。
そっちに、あいつの注意が向けられたら…。
あの、大きなクチバシで、盆栽をツンツンされたら…。
そう思っただけで、戦う気力が湧いてきた。
窓を、がんがん叩き、大きな音をたてた。
ついでに、壁も叩いて、鈍い音もたてた。
そっと覗く。
カラスは、一瞬動作を止めたけれど、ナニゴトもなかったかのように、
また、アンテナの機器をツンツンしている。
よーし、絶対に負けないぞ、と、ものすごい勇気を振り絞って、
布団叩きで、べらんだのかべを叩き、
びゅん、ぱしっ、びゅん、ぱしっ、と、変な音をさせてやった。
覗くと。
カラスはゆっくりとした動作で、首をこちらに、あたしの方に向けた。
そして、まんまるのつぶらな瞳で、あたしを、じいっと見詰めた。
烏と目が合ったのだ。
あの、でっかいクチバシを持つ、烏と。
背中の下の方から、ぞくっ、とした冷たいナンカが上の方に上がってくるのがわかった。
ほんとに。
けど、勇気を思い切り絞って、無言で、こう訴えた。
あんたを傷つけるつもりはない。
ココから立ち退いてくれ。
お願いだ。
そして、そっとベランダの窓を閉めた。
ら、ばさっばさっと音がして、かぁーかぁーと鳴きながら、烏は去っていった。
通じたのか、クチバシの研ぎを終えたからなのか、わからないけど、
とにかく、無事、去っていった。
紅白の梅の盆栽たちも、ぜんぜん無事だった。
よかった。
そのあと、すぐ仕事に出掛けたのだけれど。
アパートの階段を下りて、ふと後ろを振り返ったら、
向かいのお宅の大きな木に、二羽、烏がとまってて、じっとあたしを見てるようだった。
さっきのあいつか、もしれないし、そうじゃないかもしれないけれど、
もう敵じゃないので、穏やかに目線を合わせた。
さっきはありがとね。
と、無言で伝えたら、
ばさっばさっと音がして、かぁーかぁーと鳴きながら、烏は去っていった。
なんか、あたしは烏と会話ができるのか?
と思ってしまった不思議な朝だった。