una memoria

もう十年ほどまえのこと。
仕事で秋葉原に出向いたとき、裏道に、なんとも風情のあるボタン屋さんを見つけた。


高い天井まで、びっしりさまざまなボタンが壁に並んでて、
広い店内なのに、祖父や祖母ほどの年齢の紳士淑女、たぶんご夫婦だけが店内にいた。
おとぎの国に迷い込んだように、その店は異空間で、つい吸い込まれてふらりと入った。


そのお店のボタンは、カタチも色も、材質も、とても素敵で、
ボタンを使う用もないのに、幾つか手にとって、
ご主人が担当してるレジで会計してもらってた時。


奥さまらしき淑女が、あたしの肩を、優しくぽんぽん、と叩いた。
そして、こう言ったんだ。


 肩がずっと上がったまんまよ。
 体に力が入ったままだと、素敵なものが通り過ぎてっちゃうわよ。


呆然として成すがままになってるあたしの肩を、さらに、優しくさすってくれた。


レジを打ってる旦那さまらしき紳士は優しい笑顔でこっちを見てて。
奥さまらしき淑女は、あたしの肩をさすってて。


その時期が、あたしにとってどんな感じだったのか、詳しくは思い出せないけれど、
きっと、きりきり生きてたんじゃないか、って思う。


泣きそうになるのを我慢して、深いお辞儀をして、そのお店を出た、のは憶えてる。


故郷の友達から電話をもらって、盆に帰郷するか否か、かなんか話してて、
なんの拍子か、秋葉原のボタン屋さんを、いきなり思い出せた。


想い出が、薄らいで、ふとしたことで、また思い出せて。
そんな想い出は、塗り重ねたように、深まってゆく気がする。
今までも、そうだった。


そんな思い出せた想い出は、あたしにとって大切で、深いものが多い。
大事な宝物、またひとつ、増えた。