暗闇の鍵

二年ほどまえに善光寺に行った。
信州に三泊ほどしながらの旅で、初めに訪れたのが善光寺だった。


宗派を問わず受け入れてくれるお寺は全国にある。
古ければ古いほど、宗派は問われない。
なにを信じていようが、救われたいと願う人たちすべてを受け入れる、
それが寺の本来の勤めだったからだ。


先が見えない暗中模索な状態は、誰にとってもキツイもの。
その先を夢想しながら、夢想する自分を信じながら進んでも、キツイものはキツイ。


ふと、善光寺の「お戒壇巡り」を思い出した。


行かれたことがある人ならば、あぁあれか、と思うだろうけれど、
まだ体験したことのない方のために、


善光寺公式HPより
「お戒壇巡り」
(本堂の)内々陣の奥、右側を進むとお戒壇巡りの入口があります。
戒壇巡りとは、瑠璃壇床下の真っ暗な回廊を巡り、
中程に懸かる「極楽の錠前」に触れることで、
錠前の真上におられる秘仏の御本尊様と結縁を果たし、
往生の際にお迎えに来ていただけるという約束をいただく道場です。


つまり。
ご本尊がいらっしゃる地下に、ほんとに信じられないほど真っ暗な空間があって、
そこに降りていき、壁をつたうように、確実に前に進みつつ、
ご本尊の真下にある錠前に触れると、
天命を果たした際、お迎えに来てくれる約束を結べる、というもの。


あたしが善光寺の、お戒壇巡りをした時、ちょうど団体客が入ったばかりで、
ほんとに信じられないほど真っ暗な、ご本尊の直下の地下空間は、とても五月蝿かった。


入るまえにお寺の方からお話し戴いた、
 そのまま、真っ直ぐにお進みください。
 そういただければ、みなさま、錠前に触れていただけます。
その言葉のまま、
暗闇のなか、目を瞑って、壁つたいに、ただただ真っ直ぐ進んだ。


ぐっと手を引き寄せられるような感覚がしたと思ったその時、
あたしは大きな鍵を、ご本尊様に通じる錠前を、触ってた。


ほんとは、恐くて、このまま、暗闇に溶けてしまうような気さえしてた。
あたしは閉所恐怖症、しかも地下鉄もだめなのだ、東京に暮らしてるくせに。


だけど、どんなときも、どんなところにも、神様が居てくださるはずだ、と思って。
どんな神様なのか、あたしは無宗教なので、漠然と救いを求めただけだけど。


そうして、錠前に触れて。
戒壇巡りの終わりを告げる、眩しいばかりの下界の光が見えた。


階段を上って本堂に戻ると、入口で一緒になった団体客の方々が、
どこにあんのよぉーとか言い合ってるのが聴こえた。
なぜ触れられないのか不思議に思いながら、本堂の真ん中あたりに玉座を組んだ。


気付いたら日が暮れてて、外はしんみりした雨になってた。
そして、まわりには誰もいなくなってて。
あたしが目を開けるのを待ってた若い僧がひとり、あたしと目が合って微笑んだ。
傘を差し出してくださり、あたしはその傘を開いて宿に帰った。


そんな体験、思い出した。


真っ暗な暗闇だって、恐れるな、ってこと。
大事なのはナニカ、ってこと。
ホンモノを掴む時は、ライトオフ、なのかもしれないな。